問題48.梅毒の皮疹・粘膜疹の組織に浸潤している炎症細胞の中で,特に本疾患を強く示唆するのはどれか.
1. 好酸球
2. 組織球
3. リンパ球
4. 肥満細胞
5. 形質細胞
梅毒は皮膚科専門医試験の傾向と対策【8年分の過去問を分析】の出題分野ベスト40でも紹介している通り、ベスト40の中でも超超頻出問題です。
2014年度以降の過去問のまとめは次の通りです。
年度 | 番号 | 内容 |
2021 | 43 | 梅毒血清学的検査 |
2021 | 45 | 菌が検出される第2期梅毒 |
2020 | 95 | 梅毒血清学的検査の自動化法 |
2019 | 48 | 梅毒の皮疹・粘膜疹に特徴的な炎症細胞 |
2019 | 49 | 先天梅毒の症状 |
2018 | 37 | 梅毒血清学的検査の解釈 |
2017 | 記述2 | 梅毒血清学的検査の ラテックス凝集反応を用いた自動化法で TP抗原を用いたものの略称(TPLA) |
2016 | 28 | 1期梅毒の部位、培養、届け出 Jarisch-Herxheimer反応、ガラス板法 |
2016 | 82 | 梅毒血清反応の治療後serofast |
2015 | 28 | 梅毒の治療効果判定(RPR法) |
2014 | 26 | 梅毒の疫学と治療期間、血清学的検査 |
2019年度は出題されませんでしたが、梅毒血清学的検査が重点的に出題されています。
そして残念ながらかつての国家試験レベルの知識では太刀打ちできない仕様になっています。
また、2021年にはペニシリンGベンザチン筋注が日本でようやく承認され世界の梅毒標準治療をおこなうことができるようになり、今後のますます梅毒関連の出題が予想されます。
この記事では日皮会誌のセミナリウム、日本性感染症学会梅毒診療ガイド2018、米国CDCの性感染症ガイドライン2021、JAADなどの総説をもとに皮膚科専門医試験における梅毒攻略方法について解説しています。
第48問 梅毒に特徴的な炎症細胞【解答:5】
梅毒といえば、形質細胞ですよね。
組織から診断することは通常の流れではないですが「皮膚生検で形質細胞がいたら梅毒を鑑別にあげましょう」と教わりました。
日皮会誌セミナリウムでは2007年、2011年、2017年の3回で梅毒を扱っていますが、形質細胞の文字は見当たりません。あたらしい皮膚科学では記載されていました。
それだけでは芸がないので少し文献を調べてみました。
皮膚病理の成書であるWeedonを参照すると、初期硬結(chancre)については次の記載があります。
The epidermis at the periphery of the chancre shows marked acanthosis, but at the center it becomes thin and is eventually lost. The base of the ulcer is infiltrated with lymphocytes and plasma cells, particularly adjacent to the blood vessels, in which there is prominent endothelial swelling.
Weedon’s Skin Pathology 5th Chapter25 Tremponematoses
正確にはリンパ球・形質細胞はともに梅毒を示唆する所見(血管内皮の腫大も大切)ですが、形質細胞が浸潤する疾患は少ないので本問では形質細胞が正解と考えられます。
ちなみに2期の梅毒疹でも形質細胞の浸潤はよくみられます。
There is considerable variation in the histological pattern. Plasma cells may be absent or sparse in up to one-third of all biopsies, and the vascular changes may not be prominent.
Weedon’s Skin Pathology 5th Chapter25 Tremponematoses
が、2期梅毒の皮疹は組織的に多彩で1/3の症例では形質細胞がない(もしくは少ない)とされていますので「組織に形質細胞がいないだけで梅毒を除外する」のは厳しいですね。
ちなみに3期梅毒(ガマ腫)でも形質細胞はみられますが、巨細胞をともなう肉芽腫性病変が特徴的なようです。(2期でも肉芽腫性病変はみられますが。)
The gummas of tertiary syphilis have large areas of gummatous necrosis with a peripheral inflammatory cell infiltrate that includes lymphocytes, macrophages, giant cells, fibroblasts, and plasma cells
Weedon’s Skin Pathology 5th Chapter25 Tremponematoses
梅毒血清学的検査の新しい解釈【自動化法がすべてを変えた】
組織のはなしはさておき、専門医試験頻出なのは梅毒血清学的検査です。
これを攻略しないことには皮膚科専門医試験で正答を出すことはできません。
かつての国家試験でよく問われていた梅毒血清学的検査の解釈ですが、自動化法の導入によって遅くとも2010年には変化がみられています。
梅毒血清学的検査には
・トレポネーマ抗原を使わないSTS(Serologic Test for Syphilis)
・トレポネーマ抗原を使用したTP抗原法
の2つがありますね。
手作業のTP抗原法はとっても大変な検査のようで、TP抗原法の自動化法導入により梅毒血清学的検査に変革が起きました。
変化を知るには歴史を知っておく必要があります。
<梅毒血清学的検査の歴史>
- もともとハイテク機械などない時代から梅毒血清学的検査はSTS・TP抗原法ともに手作業でした。
- とくにTP抗原の手作業での検査は手間がかかりました。
- そこで、①まずはSTSの手作業での検査をおこない②陽性だった場合にTP抗原法の手作業の検査をおこなう手順(traditional screening algorithm)が採用されるようになりました。
- それでもTP抗原法の手作業での検査は面倒です。
- そこで出てきたのがTP抗原法の自動化法でした。自動化されたことでSTSの手作業よりもTP抗原法(自動化法)はラクな検査になりました。
- TP抗原法の自動化法のほうがラクなので、①まずTP抗原法の自動化法の検査をおこない②陽性の場合にSTSの手作業の検査をおこなう手順(reverse sequence algorithm)が提案されました。
- さらに2010年以降、STSも自動化できるじゃん、ということでSTSの自動化法が導入され始めています。
とまあこんな感じのことが、JAADの総説やClinical infectious disesaseの総説(2010年・2020年)に記載されています。
こちらは2011年のセミナリウムでの検査法のまとめです。
この表のなかでTPLA、TP-EIA/ELISA法、TP-CLEIA法は自動化法の検査です。それ以外は用手法(手作業)の検査ということになります。
ちなみに、TPLAは積水メディカルの商標登録なので一般的には「ラテックス(粒子)凝集法」などと呼ぶのが正しそうです。
STSの自動化法は表には記載されていませんが、近年は自動化法(ラテックス凝集法など)に置き換わってきています。
実際、日本性感染症学会では用手法の場合と自動化法の場合で梅毒の治癒判定方法が変わると診療ガイドで記載しています。自動化法の導入により効果判定にも変化が生じてきたわけです。(2020年度95番で出題)
RPR 陽性梅毒の場合、その値が治療前値の、自動化法ではおおむね2 分の1 に、2 倍系列希釈法(用手法)では4 分の1(例:64 倍→16 倍)に低減していれば、治癒と判定する。
日本性感染症学会 梅毒診療ガイド2018
米国でもSTSの自動化法は導入され始めているようですが、米国CDCの梅毒治癒判定の基準については用手法・自動化法の記載はなく2022年3月現在まだ定まった見解はないようです。
自動化法の時代の梅毒血清学的検査の解釈【TP抗原法がSTSより先に陽性化する可能性がある】
自動化法が導入され診断時点の解釈についても変化する可能性があります。そして皮膚科専門医試験的には可能性があるというよりも踏み込んだ断定的な解釈になっています。
もっとも大きな変化は「自動化法ではTP抗原法がSTSよりも先に陽性化する」点です。
日本性感染症学会の梅毒診療ガイド2018では
近年、RPR 陰性で梅毒トレポネーマ抗体のみ陽性の早期梅毒の報告が増えてきた
日本性感染症学会 梅毒診療ガイド2018
とあり、断定的な表現を避けています。
しかし皮膚科専門医試験的にはかなり強気で、2021年度43番で
「STS(RPR:LA)はTP抗体(TPLA:LA)より先に陽転する」を誤りの選択肢として出題しています。
日皮会誌で報告(日皮会誌 127.8 (2017): 1771-1774.)はあるもののそこまで断定的な表現をするのはどうなのか、というのが個人的意見ですが、そこは試験なので割り切るしかなさそうです。
TP抗体の出現やSTSの陽転化時期については次のグラフが参考になります。
このグラフによると、TP抗体のIgM→STS→TPHA(TP抗体のIgG)の順で陽転化するようです。たしかにTP抗体の方が早く検出される可能性はありそうですね。
ウサギを使った動物実験のレベルですが、TPLAではTP抗体のIgMも検出できるためSTSの自動化法より早く陽転化する可能性がある、という報告もされています。(日本臨床検査自動化学会誌 30 (2005): 257-262.)
とにもかくにも、皮膚科専門医試験的には
「TP抗原法(自動化法、TPLA)はSTS(自動化法)よりも早く陽転化する」
と覚えておきましょう。
梅毒の治療をしたのにSTSの値が下がらない!?【serofast/serologic nonresponse】
serofast/serologic nonresponseについては2016年度の82番で正答選択肢として出題されている項目です。
梅毒治療に成功しているはずなのに治療判定域までSTSの値が減らない事例を指します。
NEJMの総説(New England Journal of Medicine 382.9 (2020): 845-854.)によると、
About 20% of patients with early syphilis have a serologic nonresponse at 6 months; this proportion declines to 11.5% at 12 months.
Whether additional antibiotic therapy is warranted in patients with syphilis and a serologic nonresponse is unclear. A controlled study did not reveal improved serologic outcomes in patients who received additional antibiotic therapy. No studies have assessed long-term clinical outcomes.
Ghanem, Khalil G., Sanjay Ram, and Peter A. Rice. “The modern epidemic of syphilis.” New England Journal of Medicine 382.9 (2020): 845-854.
とあり、
- 早期梅毒治療後6か月の20%がSTSの値が下がりきらない(serofast/serologic nonresponse)
- STSの値は下がり切っていなくても臨床的には治ってそうだが、追加治療が必要なのかどうかは不明(すくなくとも一つの研究では追加治療でSTSの値は改善しなかった)
というもののようです。serofast/serologic nonresponseの解釈は難しそうですね。。。
ただし過去問での出題もあるので「そんなことがあるよ!」というのは専門医試験的には知っておく必要がありますね。
梅毒血清学的検査の保険適応と実運用【ガラス板法は2010年にキット販売終了・臍帯血FTA-ABS IgMは2014年以降保険適応外】
自動化法の導入を受けてかはわかりませんが、検査の保険適応にも変化がみられています。
2021年度の43番ではこうした保険適応の変遷に関する出題がありました。
大きな変遷は3点です。
- 1994年にSTSの緒方法(補体結合反応)が保険算定から除外
- 2010年にガラス板法のキットの販売が終了し、以降実施不可
- 2014年にFTA-ABS-IgMの試薬の保険適応が除外され、以降保険診療での実施不可
緒方法は、梅毒血清反応として最初に報告されたワッセルマン法と同様の補体結合反応ですが、現在は保険適応外(正確には「基本診療料に含まれ、別に算定できない」)とされています。
ちなみに、現在おこなわれているSTSは補体結合反応ではなく、沈降反応(受身凝集反応)と呼びます。
ガラス板法のキットの販売終了については、日本性感染症学会の性感染症診断・治療ガイドライン2016にも記載されています。
FTA-ABS-IgMの試薬の保険適応除外については、検査会社の資料(http://www.falco.co.jp/business/pdf/43-008.pdf)などに記載されていますがなぜ保険適応から外れたのかは診療報酬の資料からは確認できませんでした。
参考文献
いかがでしたでしょうか。
梅毒血清学的検査については特に難しい問題が出題されている印象です。
頻出問題なだけに、各資料を読み込んでなんとか対策したいところですね。
- 大里和久. “梅毒.” 日本皮膚科学会雑誌 117.11 (2007): 1709-1713.
- 立花隆夫. “梅毒.” 日本皮膚科学会雑誌 121.7 (2011): 1389-1393.
- 斎藤万寿吉. “1. 梅毒と HIV/AIDS.” 日本皮膚科学会雑誌 127.7 (2017): 1523-1531.
- Weedon’s Skin Pathology 5th Chapter25 Tremponematoses
- Seña, Arlene C., Becky L. White, and P. Frederick Sparling. “Novel Treponema pallidum serologic tests: a paradigm shift in syphilis screening for the 21st century.” Clinical Infectious Diseases 51.6 (2010): 700-708.
- Forrestel, Amy K., Carrie L. Kovarik, and Kenneth A. Katz. “Sexually acquired syphilis: Laboratory diagnosis, management, and prevention.” Journal of the American Academy of Dermatology 82.1 (2020): 17-28.
- Ortiz, Daniel A., Mayur R. Shukla, and Michael J. Loeffelholz. “The traditional or reverse algorithm for diagnosis of syphilis: pros and cons.” Clinical Infectious Diseases 71.Supplement_1 (2020): S43-S51.
- 日本性感染症学会 梅毒診療ガイド2018
- 福長美幸, et al. “脂質抗原法 (RPR) が陰性で TP 抗原法 (TPLA) が陽性であった早期顕性梅毒の 2 例.” 日本皮膚科学会雑誌 127.8 (2017): 1771-1774.
- Peeling, Rosanna W., and Htun Ye. “Diagnostic tools for preventing and managing maternal and congenital syphilis: an overview.” Bulletin of the World Health Organization 82 (2004): 439-446.
- 金城徹. “ラテックス免疫比濁法を測定原理とした RPR 定量用試薬メディエース RPR の日立 7600 型自動分析装置 P モジュールにおける性能評価.” 日本臨床検査自動化学会誌 30 (2005): 257-262.
- Ghanem, Khalil G., Sanjay Ram, and Peter A. Rice. “The modern epidemic of syphilis.” New England Journal of Medicine 382.9 (2020): 845-854.
- 最近の梅毒について(マルホ皮膚科セミナー)http://medical.radionikkei.jp/maruho_hifuka/maruho_hifuka_pdf/maruho_hifuka-180705.pdf
- 日本性感染症学会の性感染症診断・治療ガイドライン2016
最後に、こんな風に考えたら答えがかわるかもしれない、というご意見がありましたら、
ぜひコメント・ご意見いただけると嬉しいです。
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