問題 7.図 1 はヒト頭皮の成長期毛包のヘマトキシリ ン・エオジン染色像である.矢印で提示した①~⑤ の構造物について正しいのはどれか.2 つ選べ.
1. ①は,毛峡部レベルで消失する.
2. ②は,トリコヒアリン顆粒を豊富に含有する.
3. ③には,デスモグレインは発現しない.
4. ④は,休止期毛包にも存在する.
5. ⑤に,毛包上皮幹細胞が局在する.
毛包の構造に関する出題ですが、基礎研究の内容が関係していて難易度が高いと思いました。
2019年度専門医試験委員会委員長の田中勝先生もJDA Letter 41号の「令和元年度皮膚科専門医認定試験の概況と傾向分析」で本問について正答率が低く、以下のようにコメントされています。
JDA Letter 41号「令和元年度皮膚科専門医認定試験の概況と傾向分析」
問題7は正常毛包の構造に関する問題でしたが、約半数の受験生が1を選んで不正解となりましたが、外毛根鞘は漏斗部を除く毛包の大部分の最外層です。
過去問には同様の出題は見当たりませんでしたが、今後の出題もありえるのでそれぞれの選択肢を考察しました。
第7問 毛包の構造【解答:2,4】
まずは、①-⑤がどの構造物を示しているかを考えます。
① | 外毛根鞘 | グリコーゲンが多く明澄な細胞が特徴 |
② | 内毛根鞘 | 外毛根鞘のすぐ内側の層(外からHenle層/Huxley層/鞘小皮) |
③ | 毛皮質+毛髄 | 毛の3層構造(外から毛小皮/毛皮質/毛髄) |
④ | 毛乳頭 | 毛球の真皮成分 |
⑤ | 毛母細胞 (下方の毛皮質) | 毛母細胞は毛乳頭を囲む一列の細胞 |
①外毛根鞘
上記のように田中委員長のコメントでは「外毛根鞘は漏斗部を除く毛包の大部分の最外層」と記載されています。
漏斗部のすぐ下が毛峡部ですので、「毛峡部までは存在するが、漏斗部からは消失する」という内容ならば正しい内容と考えられます。
「毛峡部レベルで消失する」という選択肢の表現がややこしいために不正解が多くなってしまったのではないかと推測されます。
以上から専門医試験委員会的には、「外毛根鞘は漏斗部レベルになると消失する」というのが正しい内容になります。
ちなみに、外毛根鞘についてRookでは以下のように記載されています。
The inner root sheath is itself enclosed by the outer root sheath, which forms a continuous structure extending from the hair bulb to the epidermis, although the functions and microscopic structure of the outer root sheath vary along the length of the follicle.
The outer root sheath forms the most peripheral layer of hair follicle epithelium, enclosing the inner root sheath. At the lower tip of the hair bulb it consists of a single layer of cuboidal cells, becoming multilayered in the region of the upper hair bulb.
Rook’s textbook of dermatology 9th chapter 89
Rookによると、「外毛根鞘は毛球部から表皮まで連続した構造」のようです。
漏斗部infundibrumと毛峡部isthmusは以下のように記載されています。
The infundibulum extends from the skin surface, where it merges with the epidermis, to the opening of the sebaceous duct at the junction with the isthmus. Infundibular epithelium differentiates in a similar manner to epidermis, producing a granular layer and stratum corneum, which desquamates into the follicular lumen.
The isthmus extends from the opening of the sebaceous gland duct to the insertion of the arrector pili muscle. It consists of a multilayered outer root sheath that is continuous with the infundibulum but differs in its structure. The innermost cells lack a granular layer and undergo a pattern of differentiation known as trichilemmal keratinization.
Rook’s textbook of dermatology 9th chapter 89
「漏斗部は、表皮と連続し、顆粒層があり通常の表皮と同じ角化をする。毛峡部では顆粒層を欠く外毛根鞘性角化をする。」との記載です。
この記載だと、「外毛根鞘は漏斗部と毛峡部で異なる角化形式をとる」、ということになります。
この点についてWeedonでは以下の記載がありました。
Outside the inner root sheath is the outer (external) root sheath. It is composed of clear cells, rich in glycogen. It is only one cell thick at the level of the bulb; it is thickest at the isthmus, where it starts to keratinize, forming a narrow zone of trichilemmal keratinization. The single-cell inner layer of the outer root sheath undergoes specialized keratinization mediated by apoptosis. Above the isthmus, the cells assume epidermal characteristics and line the infundibulum.
Weedon’s Skin Pathology 5th Chapter 16
「角化をし始めるのは毛峡部でその時が最も外毛根鞘が分厚くなる。毛峡部より上では、それらの細胞は表皮の特徴を示し漏斗部に続くと推測されている。」とあります。
やはり漏斗部になると角化の形式が異なると考えられているようです。
漏斗部では、「外毛根鞘性角化をしない外毛根鞘」がある、ということでしょうか。なんともややこしいですし、それを外毛根鞘と呼ぶのかどうかってどうでもいいような・・・・
「あたらしい皮膚科学」をはじめとして、教科書では、外毛根鞘の上端はあまり言及されてない印象があります。
RookやWeedon的には「消失はしない」もしくは「定義づけられていない」というのが正しい内容になりそうです。
ただし、専門医試験的には
「外毛根鞘性角化=外毛根鞘」と考えてよさそうです。
②内毛根鞘
内毛根鞘の細胞はトリコヒアリン顆粒がある、というのは「あたらしい皮膚科学」にも記載がある基本的な内容で正しい内容です。
ちなみに、Rookの毛峡部isthmusの項には以下の記載があり、
The keratinized inner root sheath, which lies within the outer root sheath, disintegrates at or about the level of the sebaceous duct.
Rook’s textbook of dermatology 9th chapter 89
「角化した内毛根鞘は脂腺管レベル(毛峡部の上端)で崩壊する」と記載されています。
あたらしい皮膚科学第2版にも以下のように記載されており、
角化は脂腺開口部の高さで完成し落屑する.
あたらしい皮膚科学 第2版 p22 内毛根鞘
「内毛根鞘は毛峡部レベルで消失する」は正しい内容となると考えられます。
③毛皮質+毛髄
毛包構造でのデスモグレインの発現とその局在に関する選択肢であり日常診療で接する機会が少なくかなり難易度が高いように思います。
以下の文献で、デスモグレインのヒト毛包での局在について言及されています。
In the human hair follicle, DSG4 is expressed specifically in the hair shaft cortex, the lower hair cuticle, and the upper inner root sheath (IRS) cuticle.
Bazzi, Hisham, et al. “Desmoglein 4 is expressed in highly differentiated keratinocytes and trichocytes in human epidermis and hair follicle.” Differentiation 74.2-3 (2006): 129-140.
figureのように、デスモグレイン4が毛皮質・下部の毛小皮、内毛根鞘の鞘小皮に発現していますので、「デスモグレインが毛皮質で発現しない」というのは誤りになります。
論文渉猟をしてなんとか正誤を得られる問題ですが、
デスモグレイン4は「先天性乏毛症」の原因遺伝子(Localized, AR hypotrichosis, type 1 (hypotrichosis type 6))や「尋常性天疱瘡」の標的抗原であるとする報告があります。
(Kljuic, Ana, et al. “Desmoglein 4 in hair follicle differentiation and epidermal adhesion: evidence from inherited hypotrichosis and acquired pemphigus vulgaris.” Cell 113.2 (2003): 249-260.)
つぎの問題8では乏毛症に関する出題があり「乏毛症」関連の出題が今後もあるかもしれません。
正直、皮膚科専門医というよりも毛髪研究会認定専門医(そんなのありませんが。)の内容ではないかと思いますが、出題されるのでしたら勉強せざるをえないかもしれません。
ちなみに、デスモグレインは2020年現在「デスモグレイン1-4」までの4種類あり、以下のような局在と推測されています。表皮も毛包上皮もデスモグレインだらけですね。。
④毛乳頭
あたらしい皮膚科学には明確には記載されていませんが、文献によると以下の記載がありました。
During catagen, the epithelial cells at the base of the follicle undergo apoptosis, but the DP(毛乳頭) remains intact and is pulled or migrates upwards, until it comes to rest next to the stem cells of the hair follicle bulge. This situation persists during telogen.
Driskell, Ryan R., et al. “Hair follicle dermal papilla cells at a glance.” Journal of cell science 124.8 (2011): 1179-1182.
「毛乳頭は、退行期(catagen)でも維持され毛包上皮とともに上昇し、隆起部の幹細胞の横で待機する。この状況は休止期(telogen)でも維持される。」とあります。
つまり「毛乳頭はどの毛周期でもなくならない」ということなり、この選択肢は正解となります。
⑤毛母細胞(下方の毛皮質)
⑤は何を指しているのかはっきりしませんが、毛母細胞や毛球部を指していると考えられます。毛包上皮幹細胞は隆起部に位置していますので、この選択肢は誤りとなります。
ちなみに、毛包上皮幹細胞については、以下の記載がRookにあります。
Hair follicle stem cells show distinctive biochemical properties, they are slow cycling and proliferate only during the onset of anagen. Daughter cells, known as transient amplifying cells, input into the outer root sheath of the lower part of the hair follicle whence they migrate in a downward direction. On entering the hair bulb matrix, they proliferate and undergo terminal differentiation to form the hair shaft and inner root sheath. The progeny of hair follicle stem cells may also migrate distally to form the sebaceous gland and, under certain circumstances such as wound healing, the epidermis.
Rook’s textbook of dermatology 9th chapter 89
「毛包上皮幹細胞は、下降して毛乳頭に入り、毛幹と内毛根鞘を形成する。」
毛包上皮幹細胞は表皮や脂腺側にも移動しますが、毛乳頭に入ったものからは毛幹と内毛根鞘が形成されるというのは今後出題があるかもしれません。
参考文献
というわけで、むずすぎ!という問題でした。この考察はかなり疲れました。。。
- JDA Letter 41号「令和元年度皮膚科専門医認定試験の概況と傾向分析」
- あたらしい皮膚科学 第2版・第3版
- Rook’s textbook of dermatology 9th chapter 89
- Weedon’s Skin Pathology 5th Chapter 16
- Bazzi, Hisham, et al. “Desmoglein 4 is expressed in highly differentiated keratinocytes and trichocytes in human epidermis and hair follicle.” Differentiation 74.2-3 (2006): 129-140.
- Kljuic, Ana, et al. “Desmoglein 4 in hair follicle differentiation and epidermal adhesion: evidence from inherited hypotrichosis and acquired pemphigus vulgaris.” Cell 113.2 (2003): 249-260.
- Driskell, Ryan R., et al. “Hair follicle dermal papilla cells at a glance.” Journal of cell science 124.8 (2011): 1179-1182.
最後に、こんな風に考えたら答えがかわるかもしれない、というご意見がありましたら、
ぜひコメント・ご意見いただけると嬉しいです。
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