問題25.6 歳の女児.生後間もなくから図5a,b に示す皮疹を認めた.皮疹は水暴露により容易に白く浸軟する.この疾患の特徴として誤っているのはどれか.
1. 常染色体劣性遺伝性疾患である.
2. 病変部に多汗や悪臭を認めることが多い.
3. 顆粒層直上の角層数層に限局した不全角化を認める.
4. 患者のほとんどは病因遺伝子にナンセンス変異を持つ.
5. 病因遺伝子がコードするタンパク質は掌蹠など身体のごく一部の皮膚にのみ発現する.
掌蹠角化症は、日常診療ではあまり診ない疾患で取り組みにくいです。
ただ、本問に出題されている長島型掌蹠角化症は、日本から病因遺伝子が報告されている疾患で、気づかれていないものの保因者が受診している可能性も高いとされています。(日本では50人に1人が保因者)
専門医試験でも、2015年度以降6年間で3回(本問・2020年度第14問・2015年度第14問)の出題があり頻出問題と考えられます。
専門医試験の解答基準となる「日本皮膚科学会雑誌のセミナリウム」では、長島型掌蹠角化症について解説したものは残念ながらありません(2021年7月現在)。そのため、日本から世界初報告となった原著論文が参考になります。
この記事では、「掌蹠角化症診療の手引き」や「長島型掌蹠角化症の病因遺伝子報告原著論文」を中心に、専門医試験で「出題された」・「出題されうる」次の項目について考察しています。
- 長島型掌蹠角化症の基本事項(掌蹠角化症診療の手引きより)
- 病因遺伝子SERPINB7の変異の特徴・発現部位
- 長島型掌蹠角化症でのTEWLの増加
第25問 長島型掌蹠角化症【解答:5】
長島型掌蹠角化症は、アジアで最も頻度の高い掌蹠角化症です。
2020年に日本皮膚科学会から発表された「掌蹠角化症診療の手引き」では、
- 遺伝形式・疫学
- 常染色体劣性遺伝
- SERPINB7遺伝子変異
- 日本での有病率は1万人に1人(保因者は50人に1人)
- 臨床所見
- 病変が手背や足背、アキレス腱に及ぶ(Transgrediens)
- 掌蹠の多汗・悪臭
- 足白癬の合併
- 短時間の浸水による白色の浸軟
- 病理所見
- 過角化と表皮肥厚、顆粒層直上の角層最下層に不全角化
といった項目が記載されており、専門医試験までにはおさえておきたいところです。
2020年・2015年の出題や本問の1-3までは上記の知識で判断できますが、
4.ノンセンス変異かどうか
5.SERPINB7遺伝子がコードするタンパクの発現部位
について解答することは難しいです。
この2項目は、2013年のSERPINB7遺伝子変異報告原著論文に記載されており、今後も出題される可能性がありそうです。
長島型掌蹠角化症の病因遺伝子SERPINB7【ノンセンス変異・創始者変異】
長島型掌蹠角化症の病因遺伝子SERPINB7は、2013年に日本からの報告で明らかになりました。
報告では、長島型掌蹠角化症の患者13人全員のSERPINB7遺伝子にノンセンス変異(c.796C>T p.Arg266*)を認めたとされています。
ノンセンス変異・・・コードするアミノ酸が終止コドンとなる変異
→ 蛋白質合成が途中で止まり不完全な蛋白質が作られる
c.796C>T:796番目のシトシンがチミンにかわる変異
p.Arg266*:266番目のアルギニンが終止コドンにかわる変異
また、日本人の89人に2人がこの変異のヘテロ接合体をもち日本での創始者変異とされています。そのため保因者が多く、罹患者と保因者(非罹患者)の子供が罹患者となり、常染色体優性遺伝のようにみえることがあります。
SERPINB7遺伝子の発現部位【掌蹠以外も含めた皮膚全体と考えられています】
SERPINB7遺伝子の発現は、もともと腎臓のメサンギウム細胞で報告されています。
2013年の報告によると、健常者の掌蹠では角層や顆粒層の表皮細胞の細胞質に発現がみられ、長島型掌蹠角化症患者では発現が低下しています。
また、病変部以外の皮膚(顔面・腹部)でもSERPINB7の発現があると報告されました。
このことから5.が誤り、ということがわかります。
短時間の浸水による白色の浸軟【TEWLの上昇】
SERPINB7遺伝子がコードするタンパクは、セリンプロテアーゼインヒビターの一種ですが、現在(2021年7月)のところターゲットとなるセリンプロテアーゼは明らかになっていません。
2013年の報告では長島型掌蹠角化症の症状から病態に迫ろうとしています。
その症状とは、「短時間の浸水による掌蹠が白色浸軟」です。
報告では、健常者や健常部位、浸水の前後を比べると、
長島型掌蹠角化症患者の患部ではTEWL(transepidermal water loss:表皮からの水分蒸発量)が上昇しており「角層への水分の浸透性が増加している」可能性があると考察されています。
- 長島型掌蹠角化症では皮膚のTEWLが上昇している
- 角層への水分の浸透性が増加している可能性がある
今回の出題では解答に直結することはありませんが、本問が、この論文をもとに作成された可能性が高いことを考えると、
今後、長島型掌蹠角化症とTEWLの関係が出題されることもあり得るように思います。
参考文献
今回は、2013年に日本から報告された「長島型掌蹠角化症のSERPINB7遺伝子変異による発症」の論文を踏まえて専門医試験の長島型掌蹠角化症について考察しました。
- 掌蹠角化症診療の手引き. 日皮会誌:130(9),2017-2029,2020
- Kubo, Akiharu, et al. “Mutations in SERPINB7, encoding a member of the serine protease inhibitor superfamily, cause Nagashima-type palmoplantar keratosis.” The American Journal of Human Genetics 93.5 (2013): 945-956.
最後に、こんな風に考えたら答えがかわるかもしれない、というご意見がありましたら、
ぜひコメント・ご意見いただけると嬉しいです。
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道化師様魚鱗癬の病因遺伝子【電子顕微鏡所見も解説】
コメント
こんにちは
NPPKがtransgrediensをきたすことから、掌蹠以外の部位に発現していることを推測するのが現実的な解き方かなと感じました
コメントありがとうござます。おっしゃる通り、現実的にはtransgrediensがある点から解答するのがよいと思います。あくまで解説・考察ですので、根拠を明確にしたいという意図があります。ご指摘感謝します!