うちの病院の事務ってお金のことしか考えてないよね。
なにが正しいのかとか考えないのかな?
なになに?どうしたの?
昨日の当直でさ、救急車断ったんよ。
バイタルも崩れてるし、うちみたいな 2 次救急の病院だとICU もしょぼいし危ないからって。
そしたら事務の人から「なんで断るんですか?」って。
なんか断ったら、上からキツく言われるらしいのよね。「とりあえず診させろ」って。
そういうのあるよね。。
事務方と医師がわかりあうことは簡単ではない
病院の事務方と医師は考え方に違いがあり衝突することもありますよね。
同じ病院に属していながら考え方が 180 度違うことがあります。
事務は病院に雇用され所属しているが、医師は病院への帰属意識が乏しい
はたして、事務方は悪で医師は正義なのでしょうか?
いえ、恐らく事務方もそれなりの理由を持って行動しているはずです。
まずは帰属意識という観点から考えてみます。
看護師-医師のコミュニケーションエラーで述べたように、医師以外の医療関係者は基本的に病院という組織への帰属意識が高いです。
事務方はそのなかでも特に、病院組織への帰属意識が高いように思います。彼らは病院の開設者である法人の理事長に雇用され、病院をより良くするために勤務しています。
一方の医師はそうではないケースも多いように思います。
医局派遣や待遇面でたまたま勤務するケースも多く、有資格者であり、次の勤め先も見つけやすいです。
医師は「病院に属して組織に貢献したい」というよりは、「医師」という職能に属し「患者さんのために仕事をしたい」「自分の能力を高めたい」「プライベートを優先して余裕のある勤務をしたい」などの選択をすることが可能です。
ここで考えかたが衝突しやすくなります。
事務方は「病院・理事長のために」、医師は「患者・自分のために」働きたいと考えがちで、事務方が「病院の維持や売上のために」医師に動いてもらおうと働きかけてもうまくいかないことがあります。
経営を支える事務と経営を考える素地に乏しい医師
事務方といえば病院の経営を考える人達、というイメージが強いのではないでしょうか。
医師は医学部時代から研修医時代までを通じて、医療機関の経営に携わることは一般的ではありません。国家試験でも保険診療に関する出題はほとんどないように思います。実務というよりも医学的な正しさに重きを置いていて、エビデンスやガイドラインを重視するように教育されます。
しかし、社会に出た途端(特に専攻医になった途端)、医学的な正しさよりも保険診療での対応を求められるようになります。まあ当然といえば当然ですが、それまでの教育内容とは異なる基準での視点になるので違和感を持つこともおかしくありません。
そもそも、病院の経営とは何のためにあるのでしょうか。
私立病院の場合には、もとから病院があったわけではなく、開業医が診療所を大きくして何らかの思いがあって病院を作ったはずです。お金を手に入れるためという理由もありうるかもしれませんが、それだけではないと思います。
医療機関の規模を大きくするには、建物や土地、医療機器が必要ですし、運営するための人を雇う必要があります。金融機関からの融資にはリスクがともないます。法人で借金をしても代表者の個人保証が不可欠です。数億では済まないリスクをとって、あまりあるほどの金銭的メリットは見当たりません。実際、赤字の医療機関の割合を比べてみると、一般病院では 41.3% (2020 年)であるのに対して、個人の診療所では 8.6% (2020 年)という報告( 第 23 回医療経済実態調査 2021 年 )があります。
病院をつくろうと思った経緯は千差万別かもしれませんが、そこにある思いには共通するものがあると思います。目の前の患者さんをもっと救いたい、日本の医療を良くしたい、何か貢献したいという思いが少しはあったはずです。それはまさしく、医師が受けてきた教育と同じものですよね。
しかし、病院の経営状態をよくするために、あるいは、経営者が代替わりして「単に今の状態を維持したい」「とりあえず経営が良くなればいい」というように目標が変わってきてしまった可能性があります。
病院の所有者たる理事長がお金を目的としていないのであれば、本来の病院の経営は「とりあえず毎年プラス成長」という目標ではなく、経営の役割は「何かを達成するためにお金のやりくりをする」ことのはずです。もちろん、毎年のように赤字構造ということになれば、新しい施設改修などの投資もできず、当初の目的から離れていく可能性が高いです。一方、何が何でも利益を上げて成長するというのも、本来の目的から離れているように思います。
「お金」が目的になると医師の心を動かすことは難しくなります。
一方の医師にとっても「お金のことを何も考えない」となると事務方の心を動かすことはできません。
もちろん、医師にとっては「ただ、そこでお金をもらえればよい」ということもあるかもしれません。しかし、それが楽しく働くことなのかという点には疑問が残ります。
心理学者で精神科医のアルフレッド・アドラーは、人間の根本的な欲求として「所属感(ある共同体に所属していて良いのだと思える感覚)」を提唱しています。そこから考えると、楽しく働くことの一つの要素として「組織への所属感を得る」ことがあります。具体的には、組織から大切にされ、組織に属していて良いのだと思えることです。
そのためには、仮に希望して所属したわけではなくても、属する組織の方向性に合わせた仕事をすることが必要です。病院を維持するためには、残念ながらお金が必要です。無償のボランティアで働いてくれる医療スタッフはいません。そして給料を払うには収入が必要です。その原資の多くは診療報酬です。別に毎年毎年プラス成長を必要とされるわけではありません。ただ、一定の売上は期待されてしかるべきです。自分がしたいことだけをして組織から重用されるほど甘い世界ではないように思います。医師としても具体的な数字を求められれば期待に応えたいという思いがでてもおかしくはありません。
問題は、医師に対して求められる期待が事務方から具体的に伝えられていない(そもそも経営側も認識できていない可能性もある)という点でしょう。それには病院という組織のあり方が関係していそうです。
医師を真似たトップダウン型の組織構造
白い巨塔のような大学の医局を思い浮かべてみてください。
典型的な大学医局では、教授がトップに立ち人事権を握ります。
今では少なくなったかもしれませんが、トップの意向にあわない人は医局内での出世から外れます。トップの指示は絶対であり反論することは許されない雰囲気が残っている医局が今でも残っていてもおかしくありません。
一般病院も大学の医局ほどではないとはいえ、同様のトップダウンの文化が根付いています。
病院は基本的には医師にしか作れません。医療法人や医療法の建付け上は、病院は開設者・理事長の所有物です。
結果的に医師の理事長をトップとした体制が作られやすい傾向があります。
非常に残念ながら、医師が組織論を体系的に学ぶ機会はほとんどありません。いかにすれば組織をより良い方向に向かわせることができるのか。何が良くて何が悪いのか。周りの医師のリーダーとしての手腕を見様見真似で習得します。
医師になりたての人にとってのリーダーとは医局の教授やその影響を受けて育った医師ですから、当然大学の医局と同じような体制を作りやすいといえます。
さて、医局のようなトップダウンの構造を持つ病院ではどういうことが起こるでしょうか。
トップの命令は絶対で従わなければ罰を与えられる。程度の差はあれそのような組織になってしまっている可能性があります。
罰を与えられる(出世の道を断たれる)という「不安」によって組織をコントロールしてしまいます。
「心理的安全性」で有名になったエイミー・エドモンソンは『恐れのない組織』のなかで
不安を当たり前として生き残れる組織など、二一世紀においては一つもない
エイミー・エドモンソン 2021 年 恐れのない組織 「はじめに」
と主張しています。
同書のなかでは、心理的安全性が組織のパフォーマンスに与える影響や具体例について述べられています。
トップダウン型の組織では「トップは賢明であり、能力に劣る部下に指示し評価する」という構造ができあがっています。上下関係が優先されると、メンバーは組織からの敬意を感じにくいです。トップが決めたことは決定事項として部下に伝えられ疑問を感じても実行しなければなりません。
事務方はそのような構造に慣れています。意思に関係なく、働く以上は受け入れざるをえないという実情もあるでしょう。
社会一般ではまだまだ同様のトップダウンの組織は多いですし、単純作業を行う仕事であればそれで問題ありませんでした。
「心理的安全性」が有名になったのも、知識集約型の労働が増えてきたからだといわれています。医療というのはそもそも単純労働ではありません。多くのステークホルダーが関わり他者と協働して仕事に取り組まなければなりません。新しい研究が発表されればこれまでの常識が間違いになることもしばしばで常にアップデートすることが必要です。そういう意味では、医療も知識集約型産業といえますし、先のエドモンソンの著書でも病院を舞台とした具体例が散見されます。
事務方がトップダウンの風土を取り入れるのは「それしか知らないから」というのと「そのほうが楽だから」ということもあるでしょう。
トップダウンの組織におけるトップ側の「心理的安全性」は非常に高いです。ものすごく非対称ですが、「組織は自分の所有物」というイメージであれば「所有物から何を思われようが法律の範囲内なら自分の意思次第」でどうとでもなります。それがトップダウン型の組織の事務方のトップにも当てはまるかもしれません。
一方、病院の現場の医師はそのようなトップダウンの指示には必ずしも従いません。先述したように、そもそも病院への帰属意識が乏しいです。直接のリーダーは大学医局の教授だったり、直属の上司であったりします。
本当に従いたくない指示であれば、有資格者である医師は転職も容易です。
病院にとっては医師数は収益に直結します。病院によっては施設基準を満たせなくなるかもしれませんし、そもそも入院患者や外来患者を医師が診療しなければ収益は上げられません。単純に人数が減ってしまうということは減収につながりやすいのです。
さらに、別の医師を雇うのにも年収の20-30% といった手数料がかかります。2020 年の調査によると医師一人につき平均 351.7 万円かかるようです。(「病院の人材紹介手数料」に関するアンケート調査 公益社団法人全日本病院協会・一般社団法人日本医療法人協会・独立行政法人福祉医療機構)
結果としてトップダウンで指示に従ってほしい事務方とその指示を受け入れられない(受け入れなくてもやり過ごせる)医師の対立構造ができてしまいやすいのです。
コミュニケーションの促進で納得感のあるルールをつくり相互理解を深める
対立し続けているだけでは残念ながら双方にとってハッピーではありません。
お互いの主張をならべても、これまで見てきた通り「帰属意識」や「大切にしている価値観」の違いもあり平行線でしょう。
ここはお互いがなぜその主張をしているのか。理解するところから始める必要があります。
コミュニケーションとは、相手にとっての「良い」「悪い」などの価値観を理解することだと僕は考えています。相手の主張の背景を理解せずに字面だけで対応してしまうと勘違いをしたり、良くない対立を招くこともあります。
看護師-医師のコミュニケーションエラーで述べたように、人は「自分の意見が正しいと思い込みやすく(素朴実在論)」、「自分とは異なる意見を持つ人に対して否定的なイメージを持ちやすい(根本的な帰属の誤り)」という特徴があります。
「お互いが違う種類の人間」であり「自分とは考え方が異なるということ」を理解したうえで話に臨むことができれば前に進めると思います。
事務方はトップダウンから脱却し、評価者としてではなくフラットな立場で医師と協働する姿勢を。
トップダウン型の指示は、事務方の内部では通用する(しているように見える)かもしれませんが医師に対しては機能しにくいというのは先述した通りです。
であれば、別の方法を探すのがよさそうです。
1. 病院の方向性を伝える努力
そもそも事務方が成し遂げたいことは「病院が果たしたい役割を継続していくこと」のはずですよね。医師への指示をする場合にもこの目標を共有することで同じ方向性に向かいやすくなるはずです。
そのためには、そもそも「病院が果たしたい役割ってなんだっけ?」という疑問に真正面から立ち向かう必要があります。そこをふんわりと抽象的なイメージだけで終わっていると言語化して人に伝えることはできません。
例えば「良い医療を届ける」という理念があったとします。
それだけでは様々な解釈ができますよね。
「日本のガイドラインに準拠して保険診療の枠組みでできる限り良い医療」という解釈もあれば、「最新の原著論文を反映して自費診療でおこなう良い医療」や「医療スタッフのマンパワーにあわせてできうる限りの良い医療」というように組織のあり方によって千差万別です。
「そんなの当たり前じゃないか」という意見もあるかもしれません。
ただ、その「当たり前」は人によって違うはずです。その当たり前の「良い」「悪い」を言語化することで初めて組織としてどういう方向性に進んでいきたいかが明確になります。
もちろん、言語化することによって離れるひとが出るかもしれません。しかしそれは良い別れです。価値観が異なる組織に所属していてもその人の仕事が評価される可能性は低いでしょうし、組織にとっても、その人の仕事は成果につながりにくいはずです。
むしろ、価値観を明確にすることで、メンバー全員が共通の目標に向かっていける基礎となります。
その価値観に立ったうえで、「○○という背景があってこれを達成するためにあなたには××してほしい」と伝えることができればより伝えられた側にも受け入れられやすいはずです。事務方トップや一部の幹部の個人的な判断基準ではなく、組織の判断基準を示すことでより納得感のある指示を伝えることができます。ルールとして明文化することも納得感のある決定につながるでしょう。
もちろん、それ相応の労力が必要でトップダウン型の指示伝達のほうが圧倒的にラクです。しかしそれができなければ、組織を動かしていくことは困難になります。
2. 医師に重要感を与える対応
デール・カーネギーは著書『人を動かす』のなかで、人を動かす三原則のひとつとして、相手に「重要感を持たせる」ことを挙げています。さらに
自己の重要感に対する欲求は、人間を動物から区別している主たる人間の特性である。
デール・カーネギー 『人を動かす』 P35
とし、人間の根源的な欲求だと述べています。
残念ながら、医師と事務方では過ごしてきた背景が違っていて、考え方で対立しやすいです。事務方からすると、経営にも社会にも理解のない「医師」は扱いにくいはず。しかし、病院の運営を進める上では医師に動いてもらう必要が出てきます。医師は自由気ままで気難しい面があるかもしれませんが、事務方自身がトップダウン型の組織を受け入れたように、医師という職能を受け入れなければ物事は進みません。
医師とコミュニケーションをとり、病院が正しい方向に進む手助けを求める必要があります。
その方法としては、医師を「経営も社会のことも知らない非常識なひとたち」として扱っていては重要感を与えることはできません。仮に本当にそうだとしてもです。医師一人ひとりの背景を理解し、その立場に立って指示を伝えると、伝え方・受け取り方に変化が生じてくると思います。
本心は伝わります。うわべだけのお世辞は通用しません。「経営のことも社会のこともわかっていない」なら「わかってもらう努力」や「わかっていなくても納得感のある対応をする」必要があるのではないでしょうか。医師がいなくては病院は機能しないのですから。
3. 医師のやりたいことと病院のやりたいことのすり合わせ
アドラー心理学を解説したベストセラー『嫌われる勇気』や先の『人を動かす』で引用されたことわざがあります。
馬を水辺に連れていくことはできても、水を飲ませることはできない
「他人が何かをする手伝いをすることはできても、その行動を強制することはできない」という意味です。
トップダウン型の組織で、本人の意に沿わない命令をしても、その命令は期待通りの成果を上げることはありません。人はロボットではありません。
その人がどんな立場でどうしたいのか、を念頭にコミュニケーションをとり、その中で協力できることを依頼するという形でなければ成果を上げることは難しいでしょう。
そのためには、医師本人をありのままの姿として受け入れ所属した病院でやりたいこと、数年後になっていたい姿を共有することが不可欠です。仮にその希望が一見受け入れられないものだとしても、妥協点を探らねばなりません。
本来は、採用前にそのすり合わせをある程度おこなっておくのがベターですが、入職後でも遅くはありません。「そんなことをする時間はない」というのは言い訳にすぎません。なぜなら、それがマネジャーの本来の仕事だからです。
「病院のやりたいこと」と「医師本人がやりたいこと」をすり合わせて、実際の仕事のあるべき姿を形作っていくことが遠回りのように見えて組織をより良い方向にもっていく近道なのだと思います。
(もし病院への帰属感を高めたいなら)医師は社会の常識を理解し「病院に所属するということ」への理解を。
医師にとっての事務方というのは、医師自身のスタンスによって意味が変わります。
お金のためだけに働いているということであれば、医局や周りの人に迷惑をかけなければ自由に働いていてもよいと思います。病院にとっては医師がやめてしまうことのほうが言うことを聞いてくれないよりも困ることが(程度にはよりますが)多いです。なので、お金として割り切っているのであれば自由なスタンスでもいいと思います。
ただ、それだけでは働く喜びを得られないかもしれません。
組織への帰属感を高める働き方を選びたいなら、「病院がどの方向に向かっているのか」、「自分は何を求められているのか」を上司や事務方と話し合う必要があるでしょう。
病院の採用前にそのようなことを話すことはほとんどないでしょうし、上司や事務方自身も「部下の医師に対する期待」や「組織としての方向性」を言語化できていないこともあります。
そんな場合には、「自身への期待」や「組織の目標」を言語化してもらうためにコミュニケーションをとるところから始める必要があります。
1. 社会を学ぶ(経営を学び事務の仕事を理解する)
コミュニケーションをとる前にもできることがあります。
それは、社会の常識を知るということです。
医師になるまでに、もしくは、医師になってから受けてきた教育だけでは社会一般の事象に対応することができません。
例えば「なぜ良い商品であっても CM があるのか?」答えることができるでしょうか。
一般に、良いというだけでは、口コミ以外で人々に広まることはありません。一度なにかを伝えただけでも、ターゲットの記憶には残りません。だから、繰り返し印象に残りやすいように CM を利用します。まずは存在を知ってもらわなければ使ってもらうという段階には至らないのです。マーケティング業界の有名なフレームワークとして AIDMA というものがあります。何かを打ち出すときに、A(Attention 認知)→ I(Interest 興味)→ D(Desire 欲求)→ M(Memory 記憶)→ A(Action 行動)という流れを経て購買に至るというものです。
医師と同レベルの社会一般では比較的メジャーなフレームワークですが、医療の世界で知っている人はそれほど多くないでしょう。普通の人は一度言われただけで覚えられるなんてことはありません。医師は比較的学力が高い人が多いので、周囲の人が覚えられなかったりするのを見ると軋轢が生まれることがあります。ただし、それは医師が特別なだけで世間一般では当たり前のことです。それを知っていれば、周りの人が覚えられるような工夫にも理解が進むように思います。
ほかにも、学会出張の際の領収書が面倒に感じたことはないでしょうか?
医療法人が病院を運営するには、必ず年に 1 回決算を行い、法人税などの確定申告をおこなわなければなりません。学会出張は従業員の研修費として経費計上されます。領収書がないと、税務署からの調査が入ったときに経費として認められず法人税の追徴を課される可能性があります。勤務医として働く上では必要のない知識かもしれませんが、背景を知っていれば事務方から求められる作業にも納得感を持てるかもしれません。
社会を知るには読書がおすすめです。
まずは身の回りの疑問を解決するような組織に関する本を読むのもよいかもしれません。
2. 病院に所属しているという認識を持つ or 合わないなら病院をやめる
所属感を持つためには、病院という組織に属しているという認識をする必要があります。実際、雇用契約を結んで社会保険料も病院側が半分負担してくれているわけです。給与以外にも病院が支払ってくれているというのは思いのほか気づきにくいですが非常にありがたいことです。
経営学者のチェスター・バーナードは組織が成り立つ 3 つの条件を提唱しています。
- 相互に意思を伝達できる人々がおり、(コミュニケーション)
- それらの人々は行為で貢献しようとする意欲をもって、(貢献意欲)
- 共通の目的を目指す(共通目的)
というものです。
組織に属するとは、これらの 3 つを認識して実行することにほかなりません。
そのためには、「病院が何を達成したいのか」について具体的に知る必要があるでしょう。事務方や上司がこれらを認識していない場合にはそれを引き出す必要があります。
どんな病院でも理念や指針があるはずです。おそらくは形骸化していて誰にも触れられずにいることが多いでしょう。本来はそれを具体化し、トップから従業員に繰り返し伝えていくことがリーダーのあるべき姿です。その姿勢がない場合には従業員側から働きかけることも一つの手かもしれません。
そして、病院が目標とすることやその達成方法が自分と合わない場合には組織を去ることも選択肢になるでしょう。そもそも、それらを言語化する姿勢になってくれない場合にも同様です。目標を具体的に共有できなければ、同じ方向に進んでいくことは不可能です。そんな組織で所属感を得ることが難しいことは想像に難くありません。
3. 意見の不一致があったときに組織の方向をもとにルールを決める
繰り返しになりますが、事務方と医師は考え方の背景が大きく異なります。そもそも他人と自分の意見がすべて一致することはありえません。
組織に属していて賛同できない場面に遭遇することもあるでしょう。
そんなときには、組織の方向性や目標をもとに話し合うことができれば問題解決につなげられるかもしれません。
物事においてどちらかが一方的に正しい場合はほとんどありません。
不服に思うことがあれば、組織の目的をベースにして、話をします。
具体的には「こういう場合もあるよね」というように条件をつけたり、ルールを考えていくことになります。
もちろん、すべてが通るわけではないかもしれません。
ただ、組織の目的をベースに考えていれば、独りよがりということはなく、事務方としても考え直す可能性があるように思います。
「自分にとって不都合だから」というのではなく「組織がこの目的に進むのだったら、これはおかしいですよね。こうしたほうが良いですよね。」という風に持っていくことが大切だと思います。事務方がやりたいことに合わせて意見をお伝えしていくという方式だと、事務方も反対しづらいからです。
一歩踏み出すヒント【組織について学ぶ】
残念ながら多くの病院で、事務方-医師間のコミュニケーションが上手くいっていないように思います。
組織の目標が言語化されず、共有されず、伝えられず、形骸化しています。
もしその組織を少しでも変えたいと思うなら、まずは組織の変え方に関する情報を集めるところからスタートしてみてはいかがでしょう。
「心理的安全性」「組織の 3 条件」の解説もされている、こちらの本はおすすめです。
簡単ではありませんが、所属感を得るために一歩踏み出すことは悪いことではないと思います。
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