あーヤダな。
明日は救急当直だ。
なんでこんなに嫌なんだろ?
こんな経験は1度や2度ではありませんよね。
- コンビニ受診の対応が困るから?
- いっぱい人が来るから?
医師の仕事のなかでも 1,2 を争うイヤなもの案件、救急当直。
その理由は意外にも患者数ではなさそうです。
そもそも救急外来への受診は多いのか?
外来診療パンパン問題については以前考察しました。
日本人の健康に対する期待値が高く、医療制度のフリーアクセスがあり、医療機関側も医療者の労働環境に配慮が乏しく緊急性に関わらず患者都合のみで受診を容認する傾向がありましたね。
では、救急外来も受診者が多いのでしょうか。
日本の救急受診は世界的に見て多い訳ではない
結構意外なんですが、国際的な数字をみていくとそれほど多くないです。
日本の 1 日の救急外来受診(時間外独歩・救急搬送)は 5 万人程度とされています。
年間だと 1800 万人で 人口 100 人あたり14 人程度。
以下の報告によると OECD 平均が 100人中 30 人程度ということもあり、
日本は平均の半分程度ということになります。
外来診療がパンパンだった韓国を見てみても、
救急外来の利用者は人口 100 人あたり 20.6 人とそれほど多くありません。
じゃあ、なんでパンパンなように感じるの?
患者数については国際的にみてもそこまで多くない。
ということは、救急外来で対応する医療機関や医療者の数が少ないという説が出てきます。
しかし、walk in の救急の統計データがなくどれくらいの医療機関で対応しているのか、どれくらいの人数で担当しているのか数字がありません。
2 次救急・3 次救急は対応病院が 3000 ほどあり、 walk in も受けている病院があるはずですが、その数はわかりません。(第7回救急・災害医療提供体制等に関するワーキンググループ 第4回、第5回、第6回救急・災害医療提供体制等に関するワーキンググループ資料)
救急外来のストレスは日中よりも夜間ですよね。
さきほど述べたように、時間外の 1 次救急対応の応需体制に関するデータは公開されておらず実データをもとに考えることはむずかしいです。
年間の救急車の受け入れが 2000 件未満(1日の救急受け入れが 6 件未満 )の病院では夜間に 1 次救急を引き受けているとは体感的に考えにくいように思います。
令和 2 年度の病床機能報告によると年間救急車の受け入れが 2000 件以上の 二次救急医療機関は 1000 程度です。
三次救急医療機関については、2 次救急・ 3 次救急専門の対応をしているところもあり判定が難しいですが、三次救急医療機関の 300 医療機関のうち 150 病院程度は 10000 件以上救急車を受け入れており、1 次救急も積極的に引き受けている可能性もあるように思います。
休日夜間診療所の稼働状況は肌感がなくわかりませんが、1000 + 150 の 1150 病院で時間外の 1 次救急も受け入れていると仮定してみます。(臨床研修病院が 1000 程度ですので、その数にも近いのは妥当な数字だと思っています。)
1 日の救急外来受診者は 5 万人、救急搬送は 2 万人で walk in は 3 万人です。5 万人のうち 1.3 万人が入院します。また、時間外(夜間休日)の救急外来受診は 1 日 2.3 万人(救急搬送 1 万人、walk in 1.3 万人)で、2.3 万人中 0.5 万人が入院します。
時間外 walk in の各病院の受け持ち人数を 1150 で割って考えると、時間外 walk in は 1 病院あたり 11 件となります。
そうなんです。
一晩 (16 時間)で 11 件と考えるとそれほどでもないんですよね。(救急搬送と重なると大変ではありますが。)
つまりコンビニ受診の患者数としても、受け持ち病院の数としてもそれほど問題ではない可能性があります。
量はあまり問題じゃないかも。では救急当直がつらい質的原因は?
ではなぜ、夜間の救急外来があれほどつらいのか。患者数や病院数は関係なさそうです。
その原因は関係する「ひと」や「状況」にありそうです。
救急当直が関係するステークホルダーである「医師」「医療機関」「コメディカル」「環境」「患者」に分けて考えてみます。
1. 医師【研修医バイアス?】
救急当直に良い思い出がないかたもいらっしゃると思います。医師個人の側面で考えます。
年次が若く技能に自信のない医師が対応
救急当直といえば、若い医者の登竜門として研修医の 2 年間に従事することがありますね。
つまり、技能に自信を持てない状態で仕事に臨むことが日常となります。これはかなりのストレスです。
「まだできない処置の患者さんだったらどうしよう」「自分が見逃して致命的になったらどうしよう」先が見通せないことは誰にとっても不安です。
適切なサポートがあれば適度なストレスのもとに技能の成長につなげることができるかもしれませんが、サポートが十分でない場合もあるでしょう。
救急外来で正確に判断をつけるべきという思い込み
次に、医師自身が「救急外来での診療」と「通常の外来診療」の役割の区別がつけられていない場合にもストレスがかかります。
そもそも、医師になりたての研修医にいきなりこの区別を求めるのは酷です。
年次を重ねれば理解されるようになりますが、
指導医の側としては当たり前になってしまっており研修医に伝えられていない場合もあります。
仮に伝えられていても、研修医自身が強い信念を持ってその区別をねじ曲げようとする場合もあります。
「私だけはしっかり通常の診療をしたい」「外来診療の経験を積みたい」といった場合で悪意があるわけではありませんが、時に周囲ともめることがあるかもしれません。
日本の医療計画では、救急医療のあるべき姿の具体的な記載がなく救急搬送事例に対応することが重視されています。
救急外来に期待すべきことが医師患者を含めた関係者に共有されているとは言えません。(どちらかというと、患者がいるからとにかくみる、という形で中身の質的目標については触れられていません。)
病院側の問題でもあるかもしれませんが「救急外来とは現実的にこうあるべき」というものが提示されていないと、医師個人の判断で追い込んでしまう可能性があります。
2. 医療機関【少ない人で欲張りすぎ問題】
医療機関の数はあまり問題ではないと考察していましたが、walk in に絞って病院側の要因について考察してみます。
walk in のみの救急外来を行っている医療機関が少ない
さきほどからお伝えしている通り、 walk in の救急外来に対応している医療機関数は数としては公開されていません。救急病院に指定されている病院でも walk in を受け入れていないことは体感的には多いように思います。ある意味では時間外のアクセス制限と言えるかもしれません。
診療報酬的に見合わない
walk in をあまり受け入れていないというのは、診療報酬による誘導がされていないことがあるように思います。
軽症の場合(walk in だから軽症というわけではないですが)には検査や処置のコストがあまりとれず walk in を受け入れたとしても得られる加算もないということが考えられます。
重症な時に対応できない・重症な時に他院に送るのが大変
軽症だと思って walk in を受け入れた際「実は重症だった」ということはよくありますよね。
その場合、最初の病院では対応ができないことが結構あります。
救急車であれば、一度状況をみて対応できないことが分かった場合には「転送」といって同じ救急車で他の病院を探してもらうことができます。
一方、walk in の場合には、救急隊ではなく受け入れた病院側が「病院探し」「搬送の手配」をしなければなりません。
簡単なようにも思えますが、普段からの決まり事がなければ対応に数時間かかることも想定されます。
結果的に患者さんの命を危険にさらす可能性もあります。
マンパワーが不足している病院にとって、walk in を受け入れることは報酬が少なくリスクが大きい意思決定となります。
昼間の業務のあとにそのまま当直にせざるを得ない人員配置
受け入れ病院が少ないだけではなく、受け入れている病院での当直医の働き方にもネガティブポイントがありますよね。
働き方改革では、当直後の休息は確保されていますが当直前は配慮されている印象がありません。
多くの病院ではすべての医師に日中働いてもらうことが基本です。これまで救急当直は「おまけ」的な観点で運用されてきた病院もあると思います。
2024 年 4 月からの運用では勤務間インターバルが導入されます。忙しい救急当直(宿日直許可のない宿直)だと 28 時間まで連続勤務 OK とされています。
「丸一日働いて、翌日の午前中まで連続勤務をする」ことが認められています。
このような当直明け午前帰りは最近増えてきた(肌感)ものの、それでも人間的な働き方とは異なるように思います(肌感)。逆に言うと、その働き方を強いられる環境であることがわかった上で職場を選ぶことが求められるということでもあります。
僕自身はそもそも夜に働くことが苦手です。
ただ、夕方までは勤務がなく夕方から朝までの救急当直であれば、まだ負担も不満も少ないように思います。(マンパワー的にむずかしいのでしょう。)
米国では連続勤務 24 時間、英独仏では 11-12 時間の勤務間インターバルを設けているようです。
これに比べると日本(連続勤務 28 時間、勤務間インターバル 9 時間)は妥協した感が否めません。(第9回 医師の働き方改革に関する検討会 諸外国の状況について)
マンパワー不足について、「医師の確保ができない」という病院側の主張があります。
しかし実際には「待遇面や利益率を含めて医師の確保をできるだけのチカラがない」というのが実情ですよね。
医師の確保ができるような職場環境づくり・組織風土づくりが病院には求められます。
しかし、人事労務に関する経験や知識が十分とは言いにくいです。
病院の事務方は、「聖職とも目される」医師を管理しなければなりません。
一般企業と同等以上の力量が病院事務には求められるはずですが、
事務方に相応の待遇を提供できているかは疑問が残ります。(病院開設者が医師であり、人事労務への認識が一般企業の役員と比べて低いことは否めません。)
3.コメディカルと医師の救急医療に対する認識の相違
walk in は簡単という誤解
時間外の救急外来を考えたとき、救急搬送では 29 % が入院し、walk in では 16 % が入院しています。(患者調査 令和 2 年 第 29 表)
この事実から見ると、 walk in が必ずしも軽症ばかりで簡単という認識にはならないように思います。
逆に、数が多い中で少ない入院症例を探さなければならないという意味ではより難しいという解釈をすることもできます。
高齢の場合には「予備能が低く、翌日朝までの状態が読めない」という点も判断を惑わすことになります。
そのうえ「入院する科問題」など入院までに判断しなければならない事項は山のようにあります。
入院診療科ごと(場合によっては当直医ごと)に「入院するかどうかの判断すら異なる」ケースも珍しくありません。
結果的に、判断項目が複雑化します。
配慮してほしいのは、救急当直をしているこちら側だといいたいところですが、
当直医に相談する立場のこちらが逆に配慮しなければならない事項は無数にあります。
このあたりの判断の難しさの共有ができていない状況で、
コメディカルと仕事をすると多くの場合は意見の相違から衝突やすれ違いが起こります。
いわゆる心理的安全性が守られない環境です。
救急入院の閾値が高い(経過観察入院の概念がほとんどない)
また、救急外来での診療という限られた時間では入院にすべきか迷うケースがあります。
迷ったら入院という判断ができれば心理的にも楽ですが入院後に管理するのはほかの医師であることが多く入院と判断するための説明責任が求められます。
この基準が病院で統一されていないと、救急当直を請け負う医師にとっては多くの(ときとして矛盾する)判断基準に対応しなければならずプレッシャーとなります。
判断を迷うケースを経過観察入院とすることで、そのようなプレッシャーを逃がす仕組みが米国ではある程度定着しているようです。(日救急医会誌. 2010; 21: 925-34)
ただ日本では、経過観察入院という概念がまだ定着していません。
診療報酬上もそのような病棟は存在していません。(一部 HCU として導入されている病院もあるようです。)
救急当直を担う医師とそれ以外の関係者で「救急医療のありかたや入院の判断において価値観や基準が異なる」かつ「あわせようという動きがない」という状態にも救急当直をストレスに感じる原因がありそうです。
4. 環境【そもそも夜に働くってしんどいし救急対応はプレッシャー】
- 時間的な守備範囲が広い
- 救急対応では判断にかけられる時間が短い
- 夜に寝られない
これらは救急と当直のそもそもの特徴です。
walk in の数が 1 時間に 1 人であっても、通常は寝ている時間に働かなければなりません。
細々した休息は休息として意味を成しているように思えません。(肌感)
また、救急搬送の対応では時間的なプレッシャーがありますよね。
経験が浅い段階では、自信がないなかで短時間での判断を迫られることが多く心理的にストレスを感じやすいのは議論の余地はないでしょう。(通常の外来診療も時間がない中での判断になることはありますが。)
5. 患者【救急外来の受診者数は抑えられているが受診する人の期待値が大変】
日中と救急外来で同じの診療を期待している人の対応が大変説
「コンビニ受診」といわれる受診による救急当直のつらさはどうでしょう。
データを見ると、夜の受診の入院患者の割合は大きく、軽症者の夜の受診は抑えられています。
実際、通常の受診では 1 日 580 万人が受診し、4 万人が入院し、率にして 0.7 %が重症者です。
時間外の救急外来を考えたときは救急搬送では 29 % が入院し、walk in では 16 % が入院しています。(患者調査 令和 2 年患者調査 第 29 表)
全体では抑えられているようです。
しかし、救急搬送のデータを見てみると、
高齢者は軽症者の救急搬送が多く、軽症者の時間外の受診には世代による違いがあるようです。
そもそも、小児・成人の搬送件数はその世代の人口減少に比べても減少傾向です。
一方、高齢者の搬送件数は軽症で 27 % 、中等症で 41 % 増加しており、高齢者の人口が 22 % 増加しているのに比べて大きく増加しています。
小児・成人の世代では救急医療の役割の理解が進みつつある一方、高齢者では理解よりも不安が優り救急受診につながっていると考えることができそうです。
そう考えると(小児・成人世代の救急医療への理解が変わらなければ)未来は明るいようにも思いますが、
原因が「生まれた世代による差なのか」「年齢による特有のものなのか」は現時点ではわかりません。(今の小児・成人世代が高齢者になったときには、現在の高齢者と同様不安が理解を上回る可能性もある)
とはいえ、コンビニ受診をする方の対応は大変です。
なにせ、日中と夜間の外来の違いについての理解がないからです。
コンビニはアルバイトを雇えば数を増やすことは実行しやすいです。
しかし医療者は数が限られている以上、アルバイトで医療者を雇うことにも限界があります。
そのため、夜間の外来は日中のものとは役割が異なりますよね。
日中の医療機関に期待するべきものを夜間に期待しても満足することはできません。
期待しているものが得られないと、通常は苦情や過剰な要求といった行動につながります。
そうしたプレッシャーも救急当直を担う側のストレスになっていると考えることができます。
この問題を解決するには、救急医療に対する患者側の理解が必要になります。
厚生労働省も予算をつけて「上手な医療のかかり方.jp」という広報活動をしています。
フリーアクセスがある以上、国民に理解を求めるのはむずかしい点もありますが、政府としてもできる努力はしているようです。
ただし、患者側の良心に任せるだけでは限界もあるように思います。
救急診療は病院にとってメリットが大きいのに救急診療を担う医療者に還元されていない。救急外来に対する共通認識をもてるかどうか。
とにもかくにも、救急当直はつらい。(私見)
救急病院は基本的に24 時間 365 日開いているのが原則ですが、
SNS であふれる不満を見るに、多くの医療者(特に医師)が救急診療を積極的にやりたいとは思っていません。
しかし、病院としては救急医療をやってほしい。
救急医療管理加算、急性期充実体制加算、地域包括ケア病棟入院料、地域医療体制確保加算、医師事務作業補助体制加算など救急医療を担っている場合に算定できる項目は多いです。
その一方で、時間外の walk in についてはそれほど加算がつけられているわけではありません。
救急車の対応の合間に walk in を受け入れることで少しでも売り上げを重ねたい、もしくは、責任者がどうしても ER 型救急をやりたい、という意向なのかもしれません。
しかし、患者側の期待値調整などのサポートもなしに都合を一方的に押し付けられる医療者にとってはたまったものではありません。
見てきたように、
関係者の救急外来に対する認識が異なり、
担当の医師にとって好ましいとはいえない状況を強いられるにもかかわらず、
それに見合った報酬がない(報酬があってもやりたくない人も多いとは思いますが。)ことが救急当直に対する忌避感を生んでいるのではないでしょうか。
対応者には相応の対価を用意するだけではなく、
救急医療のそもそもの役割を患者や医師以外の医療従事者に理解してもらう。
通常の外来診療とは期待するべきものが異なるという共通認識があれば、今より少しはやりやすい環境になるかもしれません。
そのためにも、医療機関側が積極的に「救急外来でできること」と「できないこと」を関係者に共有していく姿勢が必要で、そういう病院が今後は医師から選ばれていくことになりそうです。
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